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2016/07/03

親子レスパイトハウス その3

夢のような親子レスパイトハウスから約一か月。
こちらに戻るや否や、様々な浮き世の悩みがやってきます。
でも、そんな時、レスパイトの数々の美しい写真を見る事で、世界はいつも美しい事を思い出します。

kenkenと家族のために、見えるところ、見えないところで、心を尽くして下さったボランティアの方々。

時間の逆算をしながら、最も美味しい瞬間に食べる事ができるように用意されたお食事。
ご自分の農園でとれた旬の野菜を持ち寄り、ほとんど食材を購入する事なく、素晴らしいお料理が並びました。



この日のために、何度も試作が繰り返され、私たちに最も良いと思われるメニューに絞られていったそうです。
kenkenにも良いかと作って下さった青豆のプリン。ケーキのように見えますが、本当に美味しく、kenkenも頂きました。



素敵な食器が使われていましたが、決してモノを持たない、というゆるぎないT先生の方針で、皆さんが持ち寄られたものだそうです。

どの食事のどの料理に使うか、キチンと新築のキッチンに、ラベルを貼って整理収納されていました。宿泊が終われば、皆さんが持ち帰られるので、ゼロの状態に戻ります。




その横には、2日間のボランティアの皆さんの行程表やレシピが壁一面に貼り出されていました。
総勢30名ほどのボランティアさんが、段取りよく動くために、会を重ねるごとに整えられていったそうです。

ずっと写真を撮って下さったカメラマンの方、駆けつけて下さった主治医の先生やkenkenの看護師さんや学校の先生。

たったひと家族のために、これだけの方々の愛のエネルギーが注がれる時、どんな奇跡も起こり得ると思うのです。

まして、そこに奈良の地、大仏様のエネルギーが立ち上り、世界中にここにしかない「場」が作られています。

「今がしあわせであること」
「世界はどんな時も美しさに満ちていること」

大きな大きなギフトを頂き、kenkenと家族でこれからも幸せに歩いていく力になりました。





親子レスパイトハウス その2

二日目は、宿泊のハイライト。
大仏さまの早朝参拝です。
晴れ渡った青い空の下、7時すぎに出発しました。雨の後で空気も澄み、早朝の奈良は特別な空気に包まれています。
前回も案内して頂いた東大寺の僧侶の方と合流して、大仏殿へ…



前回、ここで大仏さまにお会いして、世界がクルッと変わったのでした。いえいえ、世界はずっと同じで、私が世界を捉える枠が変わったのです。

大仏殿の前の八角灯籠。
天平時代に作られました。そのレリーフには、笛や笙を奏でる音声菩薩が描かれています。
前回「聞こえる人には、天界の音楽が聞こえるそうです」と言われると、「聞こえるよ」とニッコリ笑ったkenkenでした。




僧侶の方は、前回の何倍ものお話をしてくださいました。

素晴らしかったのは、1時間以上のお話をすべて、必ず車椅子の横に座り、kenkenに向かってして下さった事。
普通は、親に話しかけてこられます。こんな方に出会うのは滅多にない事です。

華厳宗のお話もたくさんしてくださいました。
この世界は、自分の心が作り出している事。
だから、世界がしんどいのなら、それは自分の心の邪念が反映されている。

でも、どんな時も宇宙の中心から盧舎那仏(大仏さま)は光を放ち続けておられるのです。
「その宇宙は、どこにあると思いますか?」と師は聞かれました。
それは、心の中にあるのだと。
既に仏は心の中におられる。
その事を体現しているのが、kenkenの存在なのだ、という事を言われました。

だから、私は、大仏さまに魅かれるのだと納得しました。
人だけでなく、動植物すべての幸福を願い、作られた大仏さま。
聖武天皇の想い。
華厳宗の壮大な世界観。
自分の中の見えざる宇宙にそのまま響いてくるものでした。

普段は観光客でごった返す大仏殿も、早朝は、ほとんど人影もありません。
澄んだ空気の中、壇上に上がり、近いところで大仏さまを拝観しました。

壇上でお経をあげて頂き、台座に触れ、一周させて頂き、ただ有難く、感激で胸がいっぱいです。





余韻が胸に響く中、レスパイトハウスに戻ると、帰る時間を逆算しながら、作られた茶粥の素晴らしい朝ごはんが用意されていました。

本当に素晴らしい二日間でした。
ただフワフワと夢心地だった前回。そして、内なる宇宙が胸の奥で揺すぶられた今回のレスパイトでした。





2016/06/06

奈良親子レスパイトハウス

先週末は、改装オープンした奈良レスパイトハウスに家族で招待して頂き、夢のような時間を過ごしました。




kenkenの前の主治医の先生が、東大寺境内で始められた事業。
6年前、第一号として招待して頂き、人生観が変わるほとの深い経験をさせて頂きました。
この時、初めて、スピリチュアルケアという言葉が浮かびました。
今回も、声をかけて頂き、本当にうれしく、楽しみに出かけました。

到着後、まごころのこもったお昼を頂き、東大寺ミュージアムに。
解説をして頂きながらの拝観で、仏像好きのkenkenは目を輝かせています。

そして、帰ってきたら、お茶会。
石州流のお茶を大和郡山の慈光院から来て下さった方々がたててくださいます。
前回の時も開いて下さった本式のお茶会で、kenkenはお茶に開眼しました(^^)
今回は、金びょうぶの前で、濃茶を頂き、少し複雑な表情でしたが、お薄では、ニッコリでした。やっぱり、お抹茶が好き(^.^)






kenkenを一人の客人として、心をこめて立てて下さるお茶に「一期一会」という言葉が重なります。

そして、二月堂から夕日を見るという長年の夢を叶える時間が来ました。
が!天気予報は晴れるはずたったのに、昼間は雨が降り、6時になってもドンヨリとした空…
晴れ男のkenkenなのに信じられない~という思いで皆さんで出かけました。
でも!二月堂に着くと、西の空が茜色に染まり、それからは奇跡のような美しい夕日のショーが始まりました!この夕日は一生忘れないと思います。
諦めていただけに、皆さんのテンションも上がり、「さすがkenちゃん!」といっぱい言って頂きました。実は、母は信じていましたよ(^_-)








レスパイトハウスに戻り、お風呂に入り、なんと「飲み会」があるとの事!
先生方、スタッフの皆さん、駆けつけてくれたkenkenの看護師さん、家族で、kenkenを囲んで、「かんぱ~い!」の瞬間のkenkenのなんてうれしい表情(^o^)ビールも頂きました。

イギリスのこどもホスピスのヘレンハウスには、大人になった子ども達のために、ダグラスハウスがありますが、まさに日本版ダグラスハウスの瞬間でした。

夜が更けるまで、皆さんの話は尽きず、夢のような時間が過ぎていきました。

2015/09/01

あそびか方フィエスタ

市立総合医療センターで開催された「あそびかたフィエスタ」

に参加しました。

鶴見緑地にできる子どもホスピスに向けて、今まで様々な活動を

してこられた方々が、楽しさいっぱいのブースを開いておられました。

kenkenはボランティアの可愛い学生さんにウキウキ♪

くじらのバックを作ったり、科学のコーナーで自由電気(?)

の実験をしたり、音楽を合奏したり、スヌーズレンで癒されたり、

アロマのしおりを作ったり…

Asobi2

Asobi3

楽しさいっぱい200%!の時間を過ごしました(*^^*)♪

ブースの内容が、どれもこれも、とても質が高く、

kenkenのような重症心身障害があっても楽しめる

内容であった事も、驚きでした。

こんなイベントは、なかなかありません。

またボランティアさんの誰もがkenkenと当たり前に

接してくれました。

しゃべる事が出来なかったり、見た目に反応が

わかりにくい人に対して、どうしたらいいかわからなくなる

ボランティアさんは、本当に多いのです。

ここのボランティアさんの接し方は、絶妙でした!

親子ともに、本当に居心地よく過ごす事ができました。

主治医の先生をはじめ、お世話になった看護師さん、

お友達、たくさんの知り合いが声をかけに来てくれて、

手を振ったり、ニッコリしたり、非言語コミュニケーションで

話したり、大忙しでした。

過去を支えて下さった方々、今を支えてくださるヘルパーさん

やタッチケアセラピストのひろこさん…

それぞれに出会った方々が、なぜか今、子どもホスピスという

同じ目的を向いて、一同に会しておられる事が、

不思議で、本当にうれしい事でした。

楽しさと温かさに包まれて、子ども達や家族の笑顔が

こぼれる会場内を見ていると、子どもホスピスも同じ空気に

包まれるんだろうなぁと想像が出来て、温かい気持ちになります。

自分自身も、kenkenがヘルパーさんと楽しんでいる間、

色々な方々とお話できて、色んな想いがわきおこりました。

世界は本当に良いところだと改めて感じる一日でした。

すべての出会いに感謝です。

Asobikata

2015/08/22

大人の誕生日(温泉&JAZZ)

この1年は、忙しくて、本当に更新することが出来なくて、

ご心配をおかけしました。

あっという間に1年が経ってしまっています。

kenkenは昨年と違い、とても元気に過ごすことが

できています。できる範囲で、ブログも続けていきたい

と思いますので、どうぞ、よろしくお願いします<m(__)m>

昨日は、kenkenの25歳の誕生日でした(^^)

午前中のリハビリで身体を整えてもらった後、S先生に以前、

教えて頂いた鶴橋の韓国家庭料理のお店へ。

このお店に来ると、韓国のお料理がどれだけ美味しくて

身体に良いもので作られているか、感動します。

韓国料理は、野菜が豊富(^-^)

ここでは、バイキングで野菜を欲しいだけ頂けます。

ハングルの会話が飛び交う中、kenkenもチゲを味見し、

ちょっと飛び上がり(笑)、でも、初めての雰囲気を

楽しんでいました。

その後、近くの温泉へ…

露天風呂にいると、柔らかいお湯と静けさと心地よい風。

都会にいることを忘れそうになります。

25sai_2

さっぱりした後は、kenkenの長年の夢だったミナミの

ジャズバーに(*^^*)

二十歳すぎから行きたいと言ってましたが、25歳の今、

本当にふさわしい年齢になったのかもしれません。

大人っぽい雰囲気の中、

kenkenはカクテルを注文しました(^^)

ジャズの演奏にも、本当にいい顔で、

手を振ってスイングして聞いていました♪

25sai3

サプライズで、メドレーの中にハッピーバースデーの

曲が入り、皆さんがお祝いして下さいました。

その上、お店からもキャンドルつきのパフェの

プレゼント(*^^*)

25sai4

とても雰囲気のいいお店で、良くして頂きました。

kenkenといると、世界がとても良いところに感じます(*^^*)

ニコニコと「ありがとう」と手を振る姿を

見ていると、胸がいっぱいになりました。

小さく生まれて、その後、難病の診断がつき、

何度も危機を乗り越えてきました。

元気に25歳の誕生日を迎えられる日が来ると、

あの頃は想像する事も出来ませんでした。

お誕生日は、感謝の日。

たくさんの方々に支えられて、ここまで来れた事を

実感する素敵な一日になりました(*^^*)

2014/11/23

金剛山に登りました!

ずっと、kenkenが行きたいと言っていた念願の金剛山に、とうとう

登ることができました。登ったのは、10月初め。

標高1125mの山なので、すぐに低体温になってしまうkenken

には、日程的にも最後のチャンスでした。

高校時代の担任の先生と小学校からお世話になっている

看護師さんが、kenkenの夢を叶えるために、集まってくれました。

ロープウェイから山頂目指して、エイエイオー(^O^)/

アップダウンを繰り返しながらも、気持ちの良い山道が

続きます。kenkenはこんな時の独特の良い顔を

しています(*^_^*)

道は、車いすでも十分可能な道のりでした。

その上、今日は、「JINRIKI」という新兵器持参です!

Img_2965

そして、いよいよ葛木神社の鳥居前に・・・

神々が降り立ったとも言われるこのあたり・・

独特の空気が流れはじめます。

道は、一気に急坂になりますが、葛木神社をお参りする

ことが出来ました。

そして、その下にある福石を拝みました。

母は、何度か登山で来たことがあるのですが、

その度に、ここにkenkenと来たい!と思っていたのです。

この福石は、大国主命のご出現の石と言われ、半端ない

エネルギーを放っています。

kenkenもばっちり、半端ない顔!

Image1

そして、とうとう山頂へ・・

ヤッタ~ヽ(^o^)丿

kenkenも、ドヤ顔です(*^。^*)

Img_2972

10月でも、山頂では紅葉が始まっていました。

かなりアップダウンのきつかったここまでの道。

疲れた身体に、悪魔のささやきのように、

「楽な近道→」の看板が・・

「大丈夫かな・・」と思いながらも、アウトドアバギーと

「JINRIKI」に賭けてみることに。

初めは気持ちの良い山道で、森林浴をしながら

山を楽しみましたが、途中から様子が一変!

悪路に次ぐ悪路となり、石がゴロゴロ、崩れかけの

段差、V字状の道・・・

みんなでバギーを持ち上げ、下ろし、トライアスロン選手

の先生の素晴らしいバギー操作とチームワークで、

ひとつひとつクリアしていきました。

Img_2977

でも、「何でこんな山の上で呼吸器つけて、アップダウン

してるの~?ありえない~!」と何かのスイッチが入って

大笑いしながらの下山になりました(^O^)

ロープウェイの駅が見えた時は、2回目のバンザイ\(^o^)/

そこに、「お疲れ様でした~」というロープウェイの放送に

またまた大笑い(^O^)kenkenも絶好調(^O^)/

あぁ、楽しかった!

今回もパワーあふれる一日になりました。

いつも、支えて下さる方々の温かさとパワーで、

笑いながらも、少し泣きそうでした。

今も、家に近くから見える金剛山の山頂を見ながら、

kenkenとあそこに立ったんだなぁと胸の中が

熱くなります。

本当に本当にありがとうございました。

 

2014/08/25

kenken 初めてのお仕事

先日は、kenkenの初仕事でした。

「喀痰吸引等研修」

これを受けると、ヘルパーさんや学校の先生、施設の

職員さんなど、非医療職の方々が、吸引や経管栄養が

出来るようになります。

バクバクの会(人工呼吸器をつけた子の親の会)の

大先輩方が、登録研修機関の認定を取り、その研修会を

開いておられます。

kenkenの仕事は、その研修会での講師役。

受講生の方々が、kenkenに挨拶をして、

「吸引していいですか」など質問をされます。

それに対して、「いいよ」とまばたきで答えます。

実際に吸引するのは、Qちゃん人形なのですが、

受講生の方々は、重度の障害の人との

コミュニケーションを学ぶ貴重な機会です。

(ちなみに、このように当事者が実際に講師役で

参加する研修は、あまり、他に聞きません。

とても良い試みだと思います)

母との共同作業の講演とは違い、独力でお仕事を

するのは、これが初めてなので、その気合いは大変な

ものでした!

朝から、もう表情が違います。会場に着いたときには、

緊張と気合いで、大変な目ヂカラになっていました。

kenkenは、ずっと全力で「パチパチ」とまばたきで

返事を続け、4人目の受講生さんの実習が終わる頃

には、1時間が経っていました。

ショボショボの目で、最後までパチリと返事をして、

そのままコトンと眠りに落ちました。

でも、kenkenのプロ根性は大したものでした!(^^)!

本人によると、「お給料をもらうので、責任がある」との

事でした。

初めてもらったお給料。

何に使うか、思案中です・・(^^)

Photo

2014/08/23

お誕生日おめでとう!

長らく、更新ができていませんでした。

kenkenは、この夏は、とても元気に過ごしています。

あれも書こう、これも書こうと思ううちに、矢のように、

日々が過ぎ去っていきます。

少しずつ、kenkenの日常を綴っていきたいと思います。

どうぞ、よろしくお願いします。

先日は、kenkenの24歳の誕生日でした。

今年の誕生日は、「初ハルカスに行く」と決めていた

kenken。

天気予報では、雨でしたが、結局、見事に晴れました(^^♪

刻々と移り変わる美しい日没、そして夜のとばりがおりて、

浮かび上がるマンハッタンのような夜景・・

まるで、今までの日々を祝福されているような、幸せな

気持ちになりました(*^_^*)

Harukasu

小さく産まれて呼吸が止まり、NICUに運ばれた24年前。

その後、何度も命の危機を迎えながらも、いつも生きる事を

選択して、みんなに愛と勇気を届けてくれたkenken。

12年前、自発呼吸なし、脳波フラット、ABR反応、

対光反射なしの状態から、奇跡の回復を遂げたことは、

kenkenと私の生きる道に、大きな影響を与えました。

kenkenにしか、できない仕事がたくさんあります。

これからも、意気揚々と、楽しく道を歩いて行きましょう♪

今まで、支えてくださったたくさんの方々に、心から

感謝をしながら・・・

お誕生日、おめでとう!

2014/06/30

ミトコンドリア病患者・家族の会 総会・勉強会

6月22日(日)に日本医科大で行われた

ミトコンドリア病患者・家族の会の総会、勉強会

に行ってきました。

kenkenの小さい頃は、一緒に家族で出席して、その後、

ディズニーランドに遊びに行ったりしましたが、

今は、行ける時に、私だけが参加して、お手伝いを

させてもらったり、しています。

全部で50人ほどの参加があり、専門医の先生方、

子どもさんやご家族、大人の患者さん、

そしてご家族が集まられました。

ボランティアさんも来て下さり、子どもさんや兄弟児さん

の遊び相手をしてくれたり、毎年、温かい雰囲気の

会場です。

ご講演は、国立精神・神経医療研究センター 

トランスレーショナルメディカルセンター副所長の

後藤雄一先生が「ミトコンドリア病をとりまく医療と

治療研究の現況」についてお話くださいました。

後藤先生には、長年、患者会の顧問として

お世話になっています。いつも、最新のミトコンドリア

病研究や治療法のお話を聞けるので、とても楽しみ

にしています。

ミトコンドリア病についてのわかりやすい説明、

そして、遺伝カウンセリングについて、

今、大きく変わっている難病対策の国の施策について、

ミトコンドリア病患者をどのようなネットワークで

支えていくのか・・

最新の治療薬の情報、治験についての説明、

生殖医療のさまざまなオプションについて・・

先生のご講演は聴かせていただくたびに、

広く、深く、そして先へ先へと広がっていくように

感じます。

その後は、大人の患者さん、こどもの患者さんに

分かれての懇親会です。

私は子どもさんのグループに入らせて頂きました。

ミトコンドリア病は、その病態も遺伝の様式も、

ひとりひとり異なり、一言で説明をすることは

できません。

遺伝について、二人めの子どもさんの妊娠について・・

毎年、毎年、話題に上がります。 

ミトコンドリアの遺伝子は、母方のものが、伝わる

と言われるので、その苦悩もとても大きいものが

あります。

今年も、兄弟の遺伝についての質問に、専門医の

先生が答えて下さいました。

たとえ、母系遺伝と言われて、患者さんの兄弟が

遺伝子検査で陽性であったとしても、発病するか

どうかは、わからない。

亡くなった老人の方1000人の遺伝子検査が

されたそうです。そして、100人に一人は、

ミトコンドリア病の遺伝子異常が陽性であったとのこと。

けれども、発病することもなく、ご本人もその事に

気づくこともなく、天寿を全うされたのです。

また、ミトコンドリア病は、ミトコンドリア遺伝子の異常と

核遺伝子の異常、両方の影響を受けて、発病するもので

あること。

そして、一人の患者さんの中でも、その臓器や部位ごとに

ミトコンドリアの変異率は変わるので、遺伝子異常が

見つかっても、どこにどのような症状が現れるのかは

わからないこと。

このブログでの記載は、私の理解で書いていますので、

もしかしたら、正確ではないかもしれません。

が、ふだんから思っている事を先生が説明して

下さり、本当にうれしく思いました。

遺伝カウンセラーが各病院に配置されて、素人の私たち

が理解できるまで、繰り返し繰り返し、説明し、そして

寄り添ってくれるようになったら、患者やその家族の

苦しみや不安は、ずいぶん軽減するのに・・と

思いました。

来て下さった可愛いこどもさんたちに、いつもながら、

胸がキュンとなりました(^^)

私には、みんなが天使のように見えます。

私たち両親や家族、そして回りの人たちに愛を

ギフトとして届けるように、神さまから託されて

やってきてくれた子どもたちと思うのです。

私も、kenkenと20年以上、過ごす中で、たくさんの不安や

苦しみがありました。でも、それより遥かにたくさんのことを

学び、成長することができました。その学びは、今も、

続いています。

そして、kenkenと見る世界は、いつも美しく、愛に

満ちています。

「よく、うちに来てくれたね」と感謝でいっぱいです(*^_^*)

そして、そんな子どもたちを、どれだけ大切にする世の中に

できるかは、私たち大人に託されていると思うのです。

2014/05/24

世界は美しさと驚きにみちている

長い間、ブログを書くことができず、

「kenkenは元気ですか?」とご心配いただくことも

何度もあり、本当に申し訳ありませんでした。

春の訪れとともに、kenkenは、現在、本当に

元気に過ごしています(^^)/

けれども、この冬は、何度も試練がありました。

呼吸悪化、チアノーゼ、バギング・・・

私は、何度遭遇しても、慣れることができません。

その時は対応に夢中ですが、

少し落ち着いて、緊張の糸がほどけると共に

ショック、脱力感、疲労感がおとずれます・・

そんな中、通所先での湯たんぽによる、かかとの

低温やけどもあって、そのケアは予想以上に

大変でした。

本当に、たくさんの様々な波紋や葛藤があり、

でも、たくさんの温かい助けや支えがありました。

「ミトコンドリア病は皮膚の再生が遅いので、

回復には数か月かかると思ってください」とあちこちで

ドクターに言われましたが、結局1か月でほぼ完治

することができました。

看護師さんが、「みんなの愛のおかげよね」と笑って

言ってくれましたが、そのとおりでした!

往診のドクターが、最新の治療をして下さいました。

ドロドロのうちは、「ハイドロプラス」という被覆材を

惜しみなく処方してくれました。

最新のやけど治療では、消毒もガーゼも薬も

ありません。

お風呂でシャワーで水道水で十分に洗い流し、

ハイドロプラスで覆うだけです。浸出液が、自らの

やけどを治す力を持っているのです。

低温やけどは、とても奥深いところまで、組織が

損傷しています。やけどから1週間ほどたった頃、

その深部の傷ついた組織が上がってきて、傷口は

最初より一層、ドロドロと痛々しいものになります。

この頃が、一番痛みもあったようです。

その時期を乗り越え、落ち着いてきた頃から、

ハイドロプラスは使わずに、「ユーパスタ軟膏」という

じょくそう・皮膚潰瘍治療剤をたっぷりと塗り、

何と、「母乳パッド」で覆いました。

そして、薄皮が張ってきた頃から、フィブラストスプレー

という皮膚再生を促す薬をスプレーしました。

先生も看護師さんも、しょっちゅう、やけどの具合を

チェックしに来てくれました。

お風呂や着替えの時には、かかとのやけどが

どこにも当たったり、触れたりしないように、

ヘルパーさんも細心の注意を払ってくれて、

みんなで見守り、少しずつ良くなってきた事を

喜び合い、毎日、本当に丁寧に丁寧に

ケアをしてもらいました。

また、たくさんの方々が、やけどが早く癒えるように、

祈って下さいました。

ただでさえ、「極限を生きている」と言えるほど、

苦しい事の多い身体なのに、その上、こんな火傷、

こんな痛み、こんな試練が加わったkenkenが

かわいそうで、最初は、私も動揺し、涙が出ました。

けれども、たくさんの人たちが、温かい気持ちで

愛をこめて、見守って下さることで、ドクターが

びっくりするほどの自己治癒力を発揮する事を

教えられて、私の心は、混乱と涙から、

驚きと感謝に変わりました。

「世界は美しくて、驚きに満ちている」

kenkenと生きていると、折々にかみしめる言葉

ですが、今回もまた、その言葉が深く胸にしみました。

お風呂の時には、こんな防水プロテクターが役立ち

ました(^^)ビニール袋では、どうしても濡れてしまい

ますが、これは全く水を通さずに便利でした。

何もかもに、ありがとうございます(*^_^*)

春から、活動再開のkenkenの日々を、また書いて

いきたいと思います!(^^)!

2014/02/11

温泉療法

今年は、ことのほか、寒い毎日で、kenkenは少し、

苦戦気味です。

2月に入ってから、年末から1月のような、

呼吸不全は起こらなくなり、ずいぶん

落ち着いてきました。

1月の末頃から飲み始めたアルギニンの

効果もあるような気もします。

アルギニンは必須アミノ酸で、ミトコンドリア病

の治療薬としての効果が期待されています。

他にも、コエンザイムQ10やタウリンなどがありますが、

そういった治療に効果が期待されるものは、

アンチエイジングや疲労回復のサプリとしても

市販されていて、ミトコンドリア病というのは、命の根源

を問うていくような病であるんだなぁと感じます。

さて、ひどい呼吸不全は起こさなくなったとはいえ、

今までのように、呼吸器を外すのは困難になって

しまいました。

今まで、お風呂は自発呼吸で入っていましたが、

今は、脱衣場に呼吸器を置き、ホースを伸ばして、

入っています。

が、ヘルパーさんが今までと同じように、

抱っこで洗うことも一緒に湯船につかることもして

下さり、健太郎は、ゆったりと大好きなお風呂を

楽しめています。その気持ちと技術に感謝いっぱいです。

ただ、困ったのは、kenkenがこよなく愛する温泉に

どうやって入るのか・・

今の悩みは、低体温です。

室内で、エアコン、ストーブ、電気毛布で温めても、

下がる時には、34度台まで、体温が下がって

しまいます。

それから、体調が良くないと、いつもおしっこが出なく

なってしまいます。10月頃から、何年も変わらなかった

体重が一カ月に1㎏というハイペースで増え始め、

最初のうちは、喜んでいましたが、先生に、それは、

太ったのではなく、むくんで水がたまったのだろう、

と言われました。そのため、呼吸不全も起こした

のではないか・・と。

確かに、体重が増え始めてから、体調が崩れ始め

ました。短期間で22キロが26キロ。確かに異常

事態です。

が、温泉に入ると、いつもたっぷりとおしっこも出る

のです(^^)

kenkenも、どうしても行きたい温泉。

だんだん体調が落ち着いてきた頃を見計らい、

温泉の貸し切り風呂に行きました。

泉質も眺めも、事前にしっかりとリサーチした

だけあって、とても素晴らしい温泉でした。

緑や渓流の音を感じながらの特別な時間を

もつことができました(*^_^*)こんなに笑うkenken

も久しぶり♪

Onsen

貸し切り風呂なので、家と同じように、呼吸器の

ホースを伸ばして、ゆっくりと楽しむことができました。

こんな時間をまた持てたことの幸せを、しみじみと

噛みしめました。

一緒になってチャレンジして下さったヘルパーさん

達に感謝いっぱいです。

温泉から上がると、肌はスベスベ。目の輝きが違い

ました。そして、翌日まで、身体がぽかぽかで、

療養泉の効果に驚きました。

そして、おしっこもたっぷりと・・・(^^)

温泉は、リクレーション、リラクゼーションの目的も

もちろんありますが、やはり古来、療養、療法の

ひとつだったんだなぁとしみじみと感じます。

ぐぐっと元気になったkenkenは、今度は、大浴場

に入りたいようです。素敵な貸し切り風呂でしたが、

やはり、大浴場の気持ち良さ、そして、男同士の

つきあいの世界、そして、母がいない時間が

捨てがたいようです!

みんなで知恵を絞ってみます(^^♪

2014/01/09

お出かけの力

年末年始から、呼吸状態が悪くなることが何度か続き、

ほとんど家から出ないで、お正月を過ごしました。

酸素をたっぷりいれて、少しずつ呼吸が落ち着いて

きたように思ったら、今度は寝てばかりになって、

その寝顔が、まるで魂が抜けたような感じで、

呼びかけようが、揺さぶろうが、起きることがなく、

だんだん不安になりました。

12年前、術後肺炎で厳しい状況に陥った後、

肺炎は良くなったのに、みるみる意識状態が悪く

なり、どうする事もできなかった記憶と重なって

しまうのです。その時は、重症肺炎のストレスに

よるミトコンドリア病の進行でした。

意識も自発呼吸も脳波もないkenkenを前に

「必ずお家に帰って、大好きな学校にまた行こう」

を合言葉に、ひとつひとつ壁を乗り越えてきました。

病室を出て、外出をして、友達に会い、外泊して、

とうとうお家に帰ってきて、学校に行き・・・

どんな時もkenkenは、外に行き、チャレンジする

ことで、新しい力を得てきたように思います。

だから、今も、内に内に向いてきているkenkenと

下に下に向かってしまう自分の気持ちを変えない

といけない!と思いました。

ちょうど、午後にヘルパーさんが来てくれる事に

なっていたので、「最近、近所に出来た珈琲店に

出かけてみたいんだけど・・」と相談しました。

大切なのは、kenkenの気持ち。

kenkenはヘルパーさんに抱っこされても、

眠っています。その時、チワワのモカがkenkenの

膝にピョンとのり、顔をぺロリとなめましたヽ(^o^)丿

白雪姫みたいに、目をパチッと開けたkenken。

あぁ、久しぶり!

「星乃珈琲に行ってみる?」

「うん」まばたきで答えてくれました。

がぜん、元気になる母。

呼吸器や酸素や吸引機やパルスオキシメーターを

用意して、水分を持って、毛布や羽毛布団で

くるんで、湯たんぽを用意して、出発!

久しぶりの感覚です。

「kenkenとお出かけする」という事が、どれほど、

あたりまえでない、大切な時間であったか、という

事も実感します。

車では少しぼんやりしていたkenkenも、珈琲店に

入って、一口、珈琲を飲むと、とても良い顔に

なりました。

ブラックを飲んだのは、初めてでしたが、気に入った

様子。「大人やなぁ・・」とビックリしながらも、

うれしくてたまらない母です。

そのまま、夜まで、久しぶりにはっきりと目が覚め、

笑顔も見せてくれました。そんな顔を見るのも

久しぶり。呼吸も安定しています。

「よかったね、よかったね。

“星乃珈琲の奇跡”と呼ぼう」

と喜んでいたら、翌朝、驚くメールが来ました。

つむぎの森 http://tsumuginomori.com/

のはやしひろこさんからでした。

アロマトリートメントやリフレクソロジー、

医療ケアの必要な子どものタッチケアなど、

kenkenも何度も受けさせて頂いています。

「昨夜、kenkenくんの夢を見ました。

夢の中で、kenkenくんは、かっこいい大学生

で、一緒に珈琲を飲みながら、たくさんお話を

しました。哲学的な話しでした。

目が覚めた後も、その声や言葉が

頭に残っていて、とてもうれしい気持ちでした

ので、思わずメールしました」とのこと。

kenkenと母の深い部分がつながって、はやし

さんの夢に登場したのかな、と思うと、みんな

元はひとつに繋がっているという事が、心に

迫り、涙がこぼれるのでした。

「大丈夫。大丈夫。」そんな声が聞こえてくる

ようでした。

先日、コーチングの先生に「感謝」の反対語は

「あたりまえ」と習いました。

一日、一日、kenkenと過ごす時間にあたりまえ

はないこと。ただ、感謝の気持ちで過ごしたいと

改めて思いました。

043

2014/01/07

あけましておめでとうございます

いつもブログを読んでいただき、ありがとうございます。

ブログを始めて、ちょうど3年になります。

PCに向かう時間をなかなかとれない日々の生活の中、

どうしても、間が空いてしまいますが、それでも

伝えたいkenkenの生きる道。

今年も、何とか可能な限り、書いていけたら、

幸せ・・と思っています。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

最初から、書きにくいのですが、年末年始は、体調が

すぐれませんでした。

12月21日に「かぐや姫」を見に行きました。

かぐや姫の描き方を見ていると、kenkenに重なる部分が

多く、母は胸一杯になっていました。そして、やはり

kenkenもよく画面を見て、深く感じている様子

でしたが、モニターのSPO2の数値が、だんだん

下がって90を切っている事が、私は

気になっていました。

12月に入ってから、少し呼吸がすぐれず、モニターや

酸素をつけていたのですが、その日も酸素ボンベから

呼吸器に酸素を流しながら、映画館に行きました。

実は、今まで、夜しか酸素がいらなかったkenkenは

お出かけでボンベを使うのは、ほとんど初めてで、

ボンベのアナログな表示方法が、母は不安で

仕方ありませんでした。

酸素がなくなっても、アラームが鳴るわけでなし、

ボンベの残量の見かたも、何リットル流しているかを

考えて、計算しないといけなくて、流量計も小さくて

見にくくて、本当に苦手!

ところが、映画が終わって外に出た途端、急速に

SPO2が下がり、70台を割ってきました。

友達が、とりあえずここへ、と「授乳室」に案内してくれて、

アンビューバッグでバギングを繰り返しました。

アンビューに酸素をつなぎ、バギングすると、90台に

回復するのですが、呼吸器に戻すと、いくら酸素

いれても下がってしまう。

このような状況は、家でも何回かありましたが、

外出先で陥ったのは初めてで、頭の中をいっぺんに

たくさんの考えが駆け巡りました。

「どうする?」「救急車?」

「お父さんに連絡?でも、ここに来るのに1時間以上

かかる!」

「酸素ボンベは、あと何時間もつの?もう一本、車に

あるけれど、酸素を何リットルまであげる事ができる?」

「どうやって帰る?もう夕方の渋滞が始まってる!」

「酸素をいれても、呼吸器ではもたない!」

ヘルパーさんに助けてもらいながら、バギングを続け、

1時間弱ほどたって、やっと呼吸器に戻すことが

できました。

今まで経験した中でも、最も緊迫した経験のひとつ

だったとは思っていましたが、こうやって、文章にして

みると、改めて、大変な事態だったんだなぁと思います。

その時は、ただ夢中でした。

救急車を呼ぶべきだった、とドクターや看護師さんに

後から言われて、少し反省・・です。

翌日、訪問ドクターに血液検査をしてもらいましたが、

異常がなく、その後、主治医のいる病院で肺のCT

をとっても、大きな変化は見られません。

小さい時から見て頂いている先生も、「う~ん」と

頭を抱えておられましたが、その横で、吸引した

だけで、チアノーゼを起こすkenkenに、入院を

勧められましたが、何とか家でみたい、という事で

帰宅させてもらいました。

kenkenが病院を出て、駐車場に向かう時に、

笑顔になっていったのがおかしくて、ヘルパーさんと

「帰れてよかったね~」と言うと、ニッコリでした。

その後、年末年始にかけて、酸素をたくさんいれて、

呼吸器の圧をあげて、それなりに過ごしましたが、

まだまだ、あっという間にSPO2が下がってしまう

事も多く、「寝正月」のkenkenでした。

多くの医療を必要としながら、お家で暮らすという事

は、家族が絶えず、多くの選択をしないといけません。

特に、外出先での選択は、本当に厳しく難しい・・と

思いました。

あの時、どの時点で、何をするべきだったのか・・

一人反省会が結構続きました(^_^;)

もちろん、次のお出かけに生かすために(^^)

お正月、それなりに安定したkenkenをお父さんに

頼み、恒例の奈良、春日大社の早朝参拝に

行くことができました。

夜が明ける前の春日大社は、鹿も息をひそめ

神さまの気配が濃厚でした。

Kasugatiaisha

お参りをすませて、春日山からの日の出を眺めました。

雲を金色に輝かせながら、上ってくる太陽は息をのむ

ほど美しく、空も山も光り輝きました。

姿を見せた太陽は、

「どんな時も私はあなたを照らしています。

たとえ、あなたが気づいていなくても」

と語りかけてくれました。

Kasugayama

目の前が暗く見える時も、顔をあげれば、太陽は

温かな光を送り続けてくれているのですね。

そのメッセージを大切に胸にしまい、kenkenと

歩いていきます。

今年も、愛に満ちた優しい1年になりますように。

2013/12/05

kenkenの指談

柴田先生に指談を教えて頂いてから、

家でもヘルパーさんも一緒に練習をしています。

指談というのは、kenkenの人差し指を軽く持って

自分の手のひらに字を書いてもらうのです。

○と×は比較的簡単にわかります。

指が右にいこうとしたら、○

指が左下に下がろうとしたら、×

という事になります。

「テレビを見る?」と聞いた時、指を右に動かすことで

「うん」という気持ちを伝えてくれます。

○と×は、私もヘルパーさんも大体感じることができます。

面白いのは、質問をした時、右下に下がることが

何回もあるのです。

「なんだろう・・・」と考えていて、

「もしかして!」とピンときました。

「△さんかく、という事?」と聞いたら、

ニッコリと「うん」と言ってくれました。

「どちらでもない」「どちらでもいい」という時は、

右下に動かすようです。

また、ある時、母がちょっと頑張って良い結果に

なった事があって、「自分へのご褒美♪」と

大好きなケーキ屋さんで500円のショートケーキ

を一個だけ買いました。

こんな事は初めてだったのですが(^_^;)

でも、その日はkenkenが早く帰ってくる日

だったので、「ひとつしかないけど、一緒に食べよう」

と言って、指をとったら、

「みんな」と書いたのです。

何かから選ぶのではなく、フリーで書いた単語を

読めたのは初めてで、驚きと喜びで

いっぱいでしたヽ(^o^)丿

「ん」を書く時、kenkenの指がうねうねと曲がっていく

様子を見て、鳥肌がたちました。

「ケーキはみんなで食べたい」というkenkenらしい

気持ちを伝えたかったそうです。

kenkenは、いつもまばたきや笑顔や表情、

手の動きで気持ちを伝えてくれますが、

言葉で伝わってきた事は、格別で、胸いっぱいでした。

でも、その後、母が一生懸命になって、何でも

kenkenの指をとるようになると、一切、指を

動かさなくなりました。

「どうしてだろう・・」と色々考えました。

「もしかして、お母さんは一生懸命になり過ぎて、

何かを見失ってる?」と聞いたら、「うん」。

確かにわかる気がしました。

指談で字を感じる時は、構えて読もうとするのでは

なく、力を抜いてリラックスして、何も考えずに

kenkenに寄り添うようにした時、するすると

入ってくるような感覚があります。

「一生懸命になる」という事は、何かを期待

したり、いちいち喜んだり、がっかりしたり、

自分の気持ちが前のめりになっていく感じです。

指談をゆったりと楽しみながら、一緒に進んで

いったらいいんだよ、と教えてくれたようです。

kenkenは、以前にも書きました、歌や歌詞を

通してのコミュニケーションも、今でもしばしば

続けています。

http://kenken-dream.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-5e3b.html

お風呂でヘルパーさんに、「この歌!」とニッコリしたり、

手を振ったりした歌の歌詞を後から読んで、

あまりにそのヘルパーさんや、その時の

状況にぴったりで、ビックリする事もよくあります。

そして、そういう事と指談は同じフィールドで起こって

いる事のように感じるのです。

白雪姫プロジェクトでも指談の方法が紹介されています。

http://shirayukihime-project.net/yubi-dan.html

指談を使って、意識不明の方や重度の障害や認知症で

言葉はないと思われていた方々から、言葉が出てくる

ことが、どんどん起こっているそうです。

また、指談を復活してくれたkenken。

まだ、ちゃんと読みとるには、こちらの力量が足りませんが

kenkenと楽しみながら、続けていこうと思います。

2013/11/28

柴田先生にお会いしました

とうとう、旅の目的、「國學院大學教授の柴田保之先生

にお会いする」日です。

以前、ブログに書きましたが、3月に白雪姫プロジェクト

を知り、「僕のうしろに道はできる」の映画を見に行きました。

そこで、柴田先生の独自のコミュニケーション法を

知りました。

その様子は、「kenkenの想いが言葉になって・・」

http://kenken-dream.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-0759.html

「極限状態を生きる意味」

http://kenken-dream.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-bcf4.html

に書かせていただきました。

「極限状態の身体を生きるからこそ、見えるものがある」

「お父さん、お母さんも自分を育てることは、ある意味、極限状態を

生きる、という事で、それを生きがいと言ってくれることが、うれしくて

仕方ありません」

というkenkenの言葉に涙が止まりませんでした。

その時は、たくさんの方が来ておられて、

どの方も珠玉のような言葉が続き、胸がいっぱいになって感動

したのですが、一人の時間は5分程度でしたので、

「大学に来て下さったら、ゆっくりと時間をとれますよ」

と言って下さった言葉をとてもありがたく思いました。

kenkenが「行きたい」という気持ちを伝えてくれたので、

少し時間はあきましたが、今回、大学までお邪魔させて

頂くことになったのです。

久しぶりにお会いした先生は、いつものように、優しい

穏やかなご様子で、かなりドキドキしていた私の

気持ちも落ち着きました。

手を握り、kenkenからの信号をキャッチされる柴田

先生との話しが止まらないkenken。

話の内容にタイミングよく笑い、高揚し、

私たちの方を振り向き、ニコッとする表情からは、

「こんな方法があるよ、すごいよ(^O^)/」と伝えたい

気持ちが一直線に伝わってきます。

今回は、深い話より、たくさんのお話がしたいと

思っていたようで、柴田先生が、「kenken君は

家から、話す事を決めてきたんだね。考えてきた事が

よくわかるよ」と言ってもらって、ニッコリしていました。

3月の大阪での会のこと、他の仲間が心配なこと、

今回の旅行のこと、昨日行った東京見物、

本当によくしゃべるkenken!

そして、指談の練習をする事になりました。

実は、3月に少し教えて頂いて、母はこっそりと

チャレンジしていたのですが、「お母さんの名前の

最初の字書いて」と言うと、「か」と書いたように

思いました。

当たっているのですが、「本当に書いたの・・?」と確信が

持てなくて、そのままになっていました。

柴田先生が、お手本を見せて下さった後、

「お母さん、やってみて下さい」と言われて、ドキドキ

しながら、「じゃあ、お母さんの名前の最初の字は?」

と聞くと、kenkenの指が動きます。

でも、どう見ても・・・「む」なのです。

「「む」としか思えないんだけど・・」と言うと、柴田先生

がkenkenの信号をキャッチする方法で読まれて、

「当たってるよ。わざと間違えたんだよ。「む」と書いて、

それが読めたら、お母さんの自信がつくでしょう?

前も当たっていたよ。これからも家で練習をしたいです」

という事でした。

この話を友達にすると、「kenkenらしい「いたずら」やね」

と言われました。確かに、そんな性格です(^^ゞ

柴田先生の前で、こうして練習ができて本当によかった。

kenkenの新しいコミュニケーションの方法の可能性

を思うと、とても楽しみになりました。

でも、「そろそろ・・・」と言っても、

kenkenと柴田先生の話は止まりません~(^_^;)

「もう限界!」という時間に、やっと大学を飛び出し、

電車を乗り継ぎ、羽田空港に向かいました。

慣れない土地で、「大変!乗り遅れる~」と焦る

母たちを見て、ニヤニヤしているkenken!

いつも、ハプニングが大好きなのです。

母は、電車の中でも走れるものなら、

走りたかったです(^_^;)

ギリギリ到着はしたのですが、

「人工呼吸器などのチェックをしないといけません

ので、申し訳ありませんが、次の便に振り替えて

頂けませんか」と航空会社の方に言われて、

「乗れるなら、もちろん、OKです!」という事に

なりました。

人工呼吸器の方が搭乗、という事で、航空会社

の方たちは、「まだか、まだか」と心配されて

いただろうなぁと思うと、申し訳なく身が縮みましたが、

とても親切に対応して頂きました。

最後に大きなハプニングがありましたが、

最後まで元気でニコニコのkenkenを見ている

だけで、幸せいっぱいになる私たちでした(*^_^*)

本当に素晴らしい二日間でした。

(10月の報告が今になってしまいました。少しずつ

ですが、この秋のkenkenの記事を書いていきたいと

思っています。よろしくお願いいたします)

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