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カテゴリー「ミトコンドリア病」の8件の記事

2014/06/30

ミトコンドリア病患者・家族の会 総会・勉強会

6月22日(日)に日本医科大で行われた

ミトコンドリア病患者・家族の会の総会、勉強会

に行ってきました。

kenkenの小さい頃は、一緒に家族で出席して、その後、

ディズニーランドに遊びに行ったりしましたが、

今は、行ける時に、私だけが参加して、お手伝いを

させてもらったり、しています。

全部で50人ほどの参加があり、専門医の先生方、

子どもさんやご家族、大人の患者さん、

そしてご家族が集まられました。

ボランティアさんも来て下さり、子どもさんや兄弟児さん

の遊び相手をしてくれたり、毎年、温かい雰囲気の

会場です。

ご講演は、国立精神・神経医療研究センター 

トランスレーショナルメディカルセンター副所長の

後藤雄一先生が「ミトコンドリア病をとりまく医療と

治療研究の現況」についてお話くださいました。

後藤先生には、長年、患者会の顧問として

お世話になっています。いつも、最新のミトコンドリア

病研究や治療法のお話を聞けるので、とても楽しみ

にしています。

ミトコンドリア病についてのわかりやすい説明、

そして、遺伝カウンセリングについて、

今、大きく変わっている難病対策の国の施策について、

ミトコンドリア病患者をどのようなネットワークで

支えていくのか・・

最新の治療薬の情報、治験についての説明、

生殖医療のさまざまなオプションについて・・

先生のご講演は聴かせていただくたびに、

広く、深く、そして先へ先へと広がっていくように

感じます。

その後は、大人の患者さん、こどもの患者さんに

分かれての懇親会です。

私は子どもさんのグループに入らせて頂きました。

ミトコンドリア病は、その病態も遺伝の様式も、

ひとりひとり異なり、一言で説明をすることは

できません。

遺伝について、二人めの子どもさんの妊娠について・・

毎年、毎年、話題に上がります。 

ミトコンドリアの遺伝子は、母方のものが、伝わる

と言われるので、その苦悩もとても大きいものが

あります。

今年も、兄弟の遺伝についての質問に、専門医の

先生が答えて下さいました。

たとえ、母系遺伝と言われて、患者さんの兄弟が

遺伝子検査で陽性であったとしても、発病するか

どうかは、わからない。

亡くなった老人の方1000人の遺伝子検査が

されたそうです。そして、100人に一人は、

ミトコンドリア病の遺伝子異常が陽性であったとのこと。

けれども、発病することもなく、ご本人もその事に

気づくこともなく、天寿を全うされたのです。

また、ミトコンドリア病は、ミトコンドリア遺伝子の異常と

核遺伝子の異常、両方の影響を受けて、発病するもので

あること。

そして、一人の患者さんの中でも、その臓器や部位ごとに

ミトコンドリアの変異率は変わるので、遺伝子異常が

見つかっても、どこにどのような症状が現れるのかは

わからないこと。

このブログでの記載は、私の理解で書いていますので、

もしかしたら、正確ではないかもしれません。

が、ふだんから思っている事を先生が説明して

下さり、本当にうれしく思いました。

遺伝カウンセラーが各病院に配置されて、素人の私たち

が理解できるまで、繰り返し繰り返し、説明し、そして

寄り添ってくれるようになったら、患者やその家族の

苦しみや不安は、ずいぶん軽減するのに・・と

思いました。

来て下さった可愛いこどもさんたちに、いつもながら、

胸がキュンとなりました(^^)

私には、みんなが天使のように見えます。

私たち両親や家族、そして回りの人たちに愛を

ギフトとして届けるように、神さまから託されて

やってきてくれた子どもたちと思うのです。

私も、kenkenと20年以上、過ごす中で、たくさんの不安や

苦しみがありました。でも、それより遥かにたくさんのことを

学び、成長することができました。その学びは、今も、

続いています。

そして、kenkenと見る世界は、いつも美しく、愛に

満ちています。

「よく、うちに来てくれたね」と感謝でいっぱいです(*^_^*)

そして、そんな子どもたちを、どれだけ大切にする世の中に

できるかは、私たち大人に託されていると思うのです。

2012/10/07

ミトコンドリア病患者・家族の会 大阪勉強会

年に一回のミトコンドリア病患者・家族の会の大阪勉強会が

ありました。毎年、世話人をさせてもらっています。

どうしても、親がバタバタとしますので、今年は、kenkenは

ヘルパーさんと出席しました。

大阪での勉強会は、多分、今年で11年目くらいになると思います。

年に一度、会員さん同士が顔を合わせ、お話できるこの時間、

楽しみにして下さっているとの声も聞き、続けてくることができました。

ミトコンドリア病は、やはり稀少難病なので、なかなか普段、

同じ病気の方と会う事は難しいのです。

患者さんは、小さいお子さんから大人の方まで、年齢も症状も

様々です。が、今、同じ時間を同じ場所で過ごすことができる

事に、毎年、感謝と感動を覚えています。

毎年、お会いする会員さん、ブログを読んで下さって

いる方などともお話ができ、本当に楽しく過ごしました。

今年は、日本ミトコンドリア学会理事長の太田成夫先生を講師に

「生命を紡ぐミトコンドリア」という題名でお話をして頂きました。

最近、テレビでもよくお見かけする太田先生は、とても

わかりやすく、ミトコンドリアについてお話して下さいました。

教科書にも載っていたようなミトコンドリアの絵は死んだ

ミトコンドリアで、生きているミトコンドリアは動いていて、

そしてエネルギー代謝の際に、発火するように活性酸素が

生じるところも、絵や動画を使い、とてもわかりやすく

見ることができました。

研究は日々進み、活性酸素を除去する様々な物資が

わかってきていること。とても心強いお話でした。

ミトコンドリア病は、老化の促進に似ていること。誰でも、

十分長く生きれば、ミトコンドリア病で死ぬことなど、

なるほど、と思う考え方でした。

ミトコンドリア病は、得体のしれない病気ではなく、

全人類を司る生命の先がけのような存在なのかも

しれない、と思ったりしました。

その後は、大人の患者さん、こどもの患者さんに

分かれての懇親会。皆さん、情報交換やお話に、

時間が過ぎるのも、あっという間でした。

昨年、ブログにも書きました近畿大学の遺伝カウンセラー

養成課程の学生さんたちがボランティアとして参加して

下さり、保育を担当してくれました。

子どもたち同士も、とても仲良しになり、学生さんたちと

共に、とても温かい良い雰囲気の場になっていて、こちらまで

うれしい気持ちになりました。

また、今年の新企画として、アロマハンドマッサージを行いました。

私が学んだスクールの友人二人が、「喜んで」と、ボランティアに

来てくれて、患者さん、ご家族の方々にハンドマッサージをして

くれました。

やはり、アロマの香り、触ることでのリラックス効果はとても

大きかったと思います。皆さん、とても喜んで下さり、お話も

たくさんして下さったようで、ボランティアの友達も、「皆さんに

ゆったりとしてもらえて、よかった。こちらが感謝です」と

喜んでくれていました。

たくさんの方々のお力、ご協力で、良い会ができ、

良い時間が持てたと思います。

心から感謝でいっぱいです。

さて、勉強会の午後、kenkenはヘルパーさんと抜けだし、

難波の街へ繰り出し、最高の時間を過ごしたようです。

その話は、また後ほど・・・

2012/06/03

ミトコンドリア病患者・家族の会勉強会

ミトコンドリア病患者・家族会では、東京と大阪で年に2回

勉強会を開いています。

東京での会には、家族で参加した事もありますし、父だけ、

母だけ、というパターンで参加したりしましたが、この数年、

kenkentの体調が落ち着かず、参加できませんでした。

が、今年は「行こう」と気持ちの中にひらめくものがあり、

母ひとりですが、参加してきました。

いつも世話人の方々が、ボランティアで心を尽くして下さる

ことがありがたく、今回はそのお手伝いもさせて頂きました。

ミトコンドリア病は、その症状も様々です。

年齢も赤ちゃんから高齢の方まで幅広く、

参加して下さる患者の方々が、体調よく過ごせますように、

雨が降りませんように、良い時間が過ごせますように・・

準備期間から終了後まで、祈りの気持ちです。

プログラムとしては、まずは、埼玉医科大学の小児科

大竹明先生のご講演。

最新の診断方法や治療法など、とても勉強になりました。

ミトコンドリア病は、まだ、はっきりと解明していない難病

ですが、先生方のご努力で、世界中で少しずつ研究が

進んでいます。

kenkenの日常が大切なのは確かですが、最新情報にも

いつも、アンテナを立てておく大切さを改めて感じました。

その後は、患者さんの年齢に分かれての懇親会でした。

私は、一番小さい患者さんのグループにいれて頂きました。

会場にも、お子さんが例年以上にたくさん来て下さっていて、

そのかわいいことlovely

人に向けてきてくれる笑顔も、仕草も、小さい頃の

kenkenとそっくりで、胸が熱くなりました。もちろん、こどもさん

もひとりひとり症状は違います。けれども、そこにいてくれる

だけで、回りの人を幸せにしてくれる、その力はみんな同じ

と感じました。

リー脳症の遺伝では、核遺伝子の突然変異と言われる事が

多いのですが、突然変異について、先生は、

「生物はすべて、ある一定数、突然変異が起こるように

なっていて、これなしには、生物は生き残ることが

できないのです」と説明して下さいました。

私も、20年間kenkenを育ててきてそのように感じます。

この子たちは、自ら、その役割を引き受けているのだな、と。

自分達が重い病を背負うことで、他の人たちは健康でいられる。

そして、懸命に生きるその子どもたちの回りに、

たくさんの方々が引き寄せられ、支えとなってくれ、

そして、その方達も、子どもたちからたくさんの力や

愛を受け取っている事。

この発見は、私にとって、人生観が変わるほどのものでした。

そんな風に申し上げると、ドクターも、

「そのとおりです。だから、私達社会は、そんな子どもさん

たちを大切にしないといけないのです」言って下さいました。

心に響くうれしい言葉でした。

そして、かわいい子どもさんたちの上に、キラキラと

光が降り注いでいるような気持ちになりました。

kenkenを含め、病気で苦しむ子どもたち、患者さんたちの

ために早く治療法が確立される事を願っています。

けれども、こんな過酷な病を引き受けて、生まれてきてくれた

子どもたちのその生きる意味の大きさに、胸がいっぱいに

なります。

色々な考え方があります。感じ方もその時々にも変わるものです。

けれども、何度も生命の危機を乗り越えてきたkenkenと共に

生きた21年間は、ただただ、母に愛と感謝を教えてくれました。

家に帰りつき、「おかえり~。ご苦労さん」と言ってくれる

kenkenの顔を見たとたん、母は

「ありがとう」と愛しさでいっぱいになったのでした。

2012/05/04

未来の主役2012

ご覧になりましたか?

私は、当日はどうしても用事があり、少し遅れて、kenkenと

録画で見せて頂きました。

菜々ちゃんの様子や悩み、お母さんへの想い、

ご家族の深い想い、

回りのお友達や先生、たくさんの方々の

愛情と支え・・・

そして、みんなに感謝しながら、前に進んでいく

菜々ちゃんの姿を見ていると、

病状は違っても、kenkenと重なり、

涙が止まりませんでした。

kenkenも画面から目を離す事なく、真剣に見ていました。

ミトコンドリア病は、まだ治療法のない厳しい難病です。

けれども、悩みながら、苦しみながら、

それを受け入れ、自分らしく生きていく姿を見ていると、

子どもたちは自分の生きる意味、この世に

生まれてきた使命をすでに知っているように

思います。

親は、ただただ子どもから学ぶ事ばかりです。

菜々ちゃん、本当にありがとう。

テレビを通して、たくさんの人たちがたくさんの

大切な事に気づいたと思います。

良い高校生活を、良い青春を送ってくださいねheart04

2012/02/25

生まれてくれてありがとう

もう8年前になりますが、ミトコンドリア学会の前身である

ミトコンドリア研究会で、患者の立場からのお話をさせて頂きました。

その時の講演録を見ていると、その題名は

「命」輝く ~生まれてくれてありがとう~

というものでした。

ミトコンドリア病に限らず、何らかの障害や病気をもって

赤ちゃんが生まれてきた時、それにショックを感じない人は

いないと思います。

私も、お腹が大きくなるにつれ、「女の子なら一緒に買い物に

行きたいな」と思い、主人は「男の子ならキャッチボールがしたい」

と思う程度の、平凡な夫婦でした。

kenkenが未熟児で生まれ、その後、ゆっくりだった発達も後退し、

身体の自由を失っていった時、不安や否定や涙や・・・たくさんの

葛藤がありました。

けれども、そんな時でも笑顔のkenkenと時をすごすうちに・・

ほんの小さな事にも感じるたくさんの喜びや、たくさんの方々の

暖かい支えを感じるうちに、kenkenが我が家に生まれてきてくれた

事は、奇跡のように幸せなことだと思うようになりました。

その思いは1年1年深まり、21歳の今、私は、kenkenによって、

多くを学んできたことがわかります。

すべてのものがつながり、すべての事に意味があるということ。

いのちのこと、愛のこと。

kenkenがいなければ、まだ私は何にもわかっていなかったでしょう。

今だって、まだ充分にはわかっていませんが・・

でも、そんな事が書かれている美しい絵本があります。

初めて、この絵本を読んだ時、涙が止まりませんでした。

「生んでくれて、ありがとう」 葉 祥明

ハンディを持って生まれてきた赤ちゃんから、お母さんにたくさんの

事を語りかけてくれる内容です。

20年前の私のように、今つらい気持ちのお母さん、お父さんが

おられたら・・そっと傍らに置かせてほしい・・そんな本です。

2012/02/16

ミトコンドリア病と低体温

病院の定期受診でした。

小児神経の主治医の先生に、最近のkenkenの様子を報告。

実は、先週も通園先から連絡があり、低体温になって、33度から

上がらないということで、迎えにいきました。

主治医の先生も、kenkenの尋常でない低体温をとても心配されて

いました。

普通、低体温になると、身体をブルブルと震わせ、筋肉で熱を生みだし、

体温をあげようとします。また、手先や足先の血管を収縮し、体内の熱が

外に逃げないようにします。だから、手先や指先は氷のように冷たく

なります。

ところが、kenkenは33度台になると、身体を震わせるどころか、

ダランと力がなくなり、手や足は暖かくなったりします。けれども、

身体を触ると、驚くほど冷たくなっています。

低体温が起こるのは、寒い場所とは限らず、暖かい部屋

にいても、体温が急に下がったりします。

原因ははっきりとわかりません。けれども、ミトコンドリア病リー脳症

で脳幹部にダメージを受けているため、体温を調整する中枢部分

がうまく働いていないことは確かです。

先生は、普通36度に設定されるサーモスイッチが、何かの

拍子に33度に設定されるのかもしれないと言われていました。

反対に、ブログに書いたように、かわいい先生の前では、体温が

急上昇したりしますlovely

母にできる事は、下がった時に身体を温める準備をいつも整え、

しかもkenkenが充実した楽しい時間を過ごせることを、

いつも考えること。

多分、それがkenkenを守る唯一の方法だと思います。

ミトコンドリア病は、戦う相手ではなく、kenkenの一部として受け入れ、

うまくつきあいながら、たくさんの支えてくれる方たちと、道を歩くこと。

それが、大切なんだと、最近、強く感じます。

2011/12/11

神経難病医療・療養相談会

平成21年10月にミトコンドリア病が特定疾患に指定されました。

それまでkenkenは小児慢性特定疾患で医療費助成を受けてきましたが、

20歳になると終了するため、訪問看護など、負担が重くなることが心配

でしたが・・

20歳を前にして、特定疾患に指定されたことで、引き続き助成を受ける

ことができるようになりました。

現在、130疾患が難病指定されていますが、特定疾患はわずか56疾患。

財政状況の厳しい折、その中に入る事は至難の業と言われていた

のですが、長い間、患者たちの悲願であった特定疾患に指定されたこと、

本当にありがたく、力になって下さった方々に感謝です。

さて、特定疾患対象の療養・医療相談会へ患者会としての

参加の要請があり、会の世話人をしているkenken母が参加してきました。

相談に来られる患者さん、ご家族に、最初は少し緊張して、お会いした

のですが、本当に大きな学びと感動を頂きました。

一口にミトコンドリア病といっても、MELAS、MERRF、リー脳症他、さまざまな

種類があり、発症年齢も赤ちゃんからお年寄りまでさまざまです。症状も、

少し筋力が低下する程度から、寝たきり、人工呼吸器など様々な事が、

またこの病の難しさです。

ただ、いくつであっても、病を背負うことになった時、その事をどうとらえ、

どう生きるのか・・出会った方々は多くの事を教えてくださいました。

自分にできること、患者会としてできること・・大きな事はできませんが、

少しでも力を尽くしたいと思います。

2011/12/06

低体温

ミトコンドリア病のため、脳幹部にダメージを受けているkenkenは

そのため、呼吸や体温調整や・・生きていくために必要な部分を

コントロールする力が弱くなってきています。

今日は訓練と整形診察のために療育園に行きましたが、訓練で

先生のゴッドハンドでリラックスして眠り始めたkenken・・

その後、診察になって、マットに降りて、身体を触られても、

全くお構いなしに眠り続けます。

診察終了後、抱きあげたら、身体がピノキオのように力が抜けていて

熱を測ったら、34度台でした。

暖かい診察室での低体温にあせりました。

とにかく車に乗せて、暖房を最強、最高温度に設定し、カイロを張り

暖かいミルクを注入し・・思いつくことはみんなしましたが、なかなか

体温は上がりません。

だんだん車内の温度は上昇し、冬の服を着ている母やヘルパーさん

は、汗が吹き出し、目の前が少し朦朧となり・・coldsweats02

測ってみたら、車内は34度でした!

途中、ドライブスルーで買った昼食のマクドナルドの匂いが充満し・・typhoon

車内は極限状態でしたが、それでも冷たいkenkenを前に

誰も外に出るとは言わず・・(言えず?sweat01)、みんなで耐え忍び

ました。最後の最後に母が深呼吸をしに、少し外に出ると、

車内では「脱落者・・」と言われていたそうですが!

そんな感じで1時間半。やっとkenkenの体温が上昇し始め、

36度台になった頃に、目もぱっちり覚めました。

皆さん、本当にごくろうさまでした。ヘルパーさんふたりプラス母

の熱い愛に支えられ、復活したkenkenは、「どうしたの?」と

いう顔をして、みんなを見まわしていましたbleah

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