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カテゴリー「言葉」の5件の記事

2013/12/05

kenkenの指談

柴田先生に指談を教えて頂いてから、

家でもヘルパーさんも一緒に練習をしています。

指談というのは、kenkenの人差し指を軽く持って

自分の手のひらに字を書いてもらうのです。

○と×は比較的簡単にわかります。

指が右にいこうとしたら、○

指が左下に下がろうとしたら、×

という事になります。

「テレビを見る?」と聞いた時、指を右に動かすことで

「うん」という気持ちを伝えてくれます。

○と×は、私もヘルパーさんも大体感じることができます。

面白いのは、質問をした時、右下に下がることが

何回もあるのです。

「なんだろう・・・」と考えていて、

「もしかして!」とピンときました。

「△さんかく、という事?」と聞いたら、

ニッコリと「うん」と言ってくれました。

「どちらでもない」「どちらでもいい」という時は、

右下に動かすようです。

また、ある時、母がちょっと頑張って良い結果に

なった事があって、「自分へのご褒美♪」と

大好きなケーキ屋さんで500円のショートケーキ

を一個だけ買いました。

こんな事は初めてだったのですが(^_^;)

でも、その日はkenkenが早く帰ってくる日

だったので、「ひとつしかないけど、一緒に食べよう」

と言って、指をとったら、

「みんな」と書いたのです。

何かから選ぶのではなく、フリーで書いた単語を

読めたのは初めてで、驚きと喜びで

いっぱいでしたヽ(^o^)丿

「ん」を書く時、kenkenの指がうねうねと曲がっていく

様子を見て、鳥肌がたちました。

「ケーキはみんなで食べたい」というkenkenらしい

気持ちを伝えたかったそうです。

kenkenは、いつもまばたきや笑顔や表情、

手の動きで気持ちを伝えてくれますが、

言葉で伝わってきた事は、格別で、胸いっぱいでした。

でも、その後、母が一生懸命になって、何でも

kenkenの指をとるようになると、一切、指を

動かさなくなりました。

「どうしてだろう・・」と色々考えました。

「もしかして、お母さんは一生懸命になり過ぎて、

何かを見失ってる?」と聞いたら、「うん」。

確かにわかる気がしました。

指談で字を感じる時は、構えて読もうとするのでは

なく、力を抜いてリラックスして、何も考えずに

kenkenに寄り添うようにした時、するすると

入ってくるような感覚があります。

「一生懸命になる」という事は、何かを期待

したり、いちいち喜んだり、がっかりしたり、

自分の気持ちが前のめりになっていく感じです。

指談をゆったりと楽しみながら、一緒に進んで

いったらいいんだよ、と教えてくれたようです。

kenkenは、以前にも書きました、歌や歌詞を

通してのコミュニケーションも、今でもしばしば

続けています。

http://kenken-dream.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-5e3b.html

お風呂でヘルパーさんに、「この歌!」とニッコリしたり、

手を振ったりした歌の歌詞を後から読んで、

あまりにそのヘルパーさんや、その時の

状況にぴったりで、ビックリする事もよくあります。

そして、そういう事と指談は同じフィールドで起こって

いる事のように感じるのです。

白雪姫プロジェクトでも指談の方法が紹介されています。

http://shirayukihime-project.net/yubi-dan.html

指談を使って、意識不明の方や重度の障害や認知症で

言葉はないと思われていた方々から、言葉が出てくる

ことが、どんどん起こっているそうです。

また、指談を復活してくれたkenken。

まだ、ちゃんと読みとるには、こちらの力量が足りませんが

kenkenと楽しみながら、続けていこうと思います。

2013/11/28

柴田先生にお会いしました

とうとう、旅の目的、「國學院大學教授の柴田保之先生

にお会いする」日です。

以前、ブログに書きましたが、3月に白雪姫プロジェクト

を知り、「僕のうしろに道はできる」の映画を見に行きました。

そこで、柴田先生の独自のコミュニケーション法を

知りました。

その様子は、「kenkenの想いが言葉になって・・」

http://kenken-dream.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-0759.html

「極限状態を生きる意味」

http://kenken-dream.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-bcf4.html

に書かせていただきました。

「極限状態の身体を生きるからこそ、見えるものがある」

「お父さん、お母さんも自分を育てることは、ある意味、極限状態を

生きる、という事で、それを生きがいと言ってくれることが、うれしくて

仕方ありません」

というkenkenの言葉に涙が止まりませんでした。

その時は、たくさんの方が来ておられて、

どの方も珠玉のような言葉が続き、胸がいっぱいになって感動

したのですが、一人の時間は5分程度でしたので、

「大学に来て下さったら、ゆっくりと時間をとれますよ」

と言って下さった言葉をとてもありがたく思いました。

kenkenが「行きたい」という気持ちを伝えてくれたので、

少し時間はあきましたが、今回、大学までお邪魔させて

頂くことになったのです。

久しぶりにお会いした先生は、いつものように、優しい

穏やかなご様子で、かなりドキドキしていた私の

気持ちも落ち着きました。

手を握り、kenkenからの信号をキャッチされる柴田

先生との話しが止まらないkenken。

話の内容にタイミングよく笑い、高揚し、

私たちの方を振り向き、ニコッとする表情からは、

「こんな方法があるよ、すごいよ(^O^)/」と伝えたい

気持ちが一直線に伝わってきます。

今回は、深い話より、たくさんのお話がしたいと

思っていたようで、柴田先生が、「kenken君は

家から、話す事を決めてきたんだね。考えてきた事が

よくわかるよ」と言ってもらって、ニッコリしていました。

3月の大阪での会のこと、他の仲間が心配なこと、

今回の旅行のこと、昨日行った東京見物、

本当によくしゃべるkenken!

そして、指談の練習をする事になりました。

実は、3月に少し教えて頂いて、母はこっそりと

チャレンジしていたのですが、「お母さんの名前の

最初の字書いて」と言うと、「か」と書いたように

思いました。

当たっているのですが、「本当に書いたの・・?」と確信が

持てなくて、そのままになっていました。

柴田先生が、お手本を見せて下さった後、

「お母さん、やってみて下さい」と言われて、ドキドキ

しながら、「じゃあ、お母さんの名前の最初の字は?」

と聞くと、kenkenの指が動きます。

でも、どう見ても・・・「む」なのです。

「「む」としか思えないんだけど・・」と言うと、柴田先生

がkenkenの信号をキャッチする方法で読まれて、

「当たってるよ。わざと間違えたんだよ。「む」と書いて、

それが読めたら、お母さんの自信がつくでしょう?

前も当たっていたよ。これからも家で練習をしたいです」

という事でした。

この話を友達にすると、「kenkenらしい「いたずら」やね」

と言われました。確かに、そんな性格です(^^ゞ

柴田先生の前で、こうして練習ができて本当によかった。

kenkenの新しいコミュニケーションの方法の可能性

を思うと、とても楽しみになりました。

でも、「そろそろ・・・」と言っても、

kenkenと柴田先生の話は止まりません~(^_^;)

「もう限界!」という時間に、やっと大学を飛び出し、

電車を乗り継ぎ、羽田空港に向かいました。

慣れない土地で、「大変!乗り遅れる~」と焦る

母たちを見て、ニヤニヤしているkenken!

いつも、ハプニングが大好きなのです。

母は、電車の中でも走れるものなら、

走りたかったです(^_^;)

ギリギリ到着はしたのですが、

「人工呼吸器などのチェックをしないといけません

ので、申し訳ありませんが、次の便に振り替えて

頂けませんか」と航空会社の方に言われて、

「乗れるなら、もちろん、OKです!」という事に

なりました。

人工呼吸器の方が搭乗、という事で、航空会社

の方たちは、「まだか、まだか」と心配されて

いただろうなぁと思うと、申し訳なく身が縮みましたが、

とても親切に対応して頂きました。

最後に大きなハプニングがありましたが、

最後まで元気でニコニコのkenkenを見ている

だけで、幸せいっぱいになる私たちでした(*^_^*)

本当に素晴らしい二日間でした。

(10月の報告が今になってしまいました。少しずつ

ですが、この秋のkenkenの記事を書いていきたいと

思っています。よろしくお願いいたします)

2013/05/05

極限状態を生きる意味

柴田先生の読みとりで、約5分間、kenkenが

語った言葉の中で、最も心を打たれた部分を記します。

(前略)

世の中の人に欠けているのは、時間と思いますが、

僕たちには、あぶれんばかりの時間があるので、日々

色んなことを考えて生きていますから、日々、幸せの意味

とか生きることの意味などは、僕たちの方がよく考えて

いると思います。

人間は極限状態にある方が、物を考えられるという話を

聞いたことがあるのですが、僕は、自分が極限状態と思わない

のですが、確かに身体が動かないという意味では、とても

極限の状態に近いのですが、それでこそ見えることがあるのは、

先ほどからいろんな方がおっしゃった通りです。

僕が極限状態でないというのは、なぜかというと僕には温かい

両親がいて、僕は極限状態を生きているわけではありませんが、

身体の極限状態を生きるだけでも、これだけの事がわかるので、

誰からも見放された人は、もっとすごい哲学をしているに

違いありません。

そんな事もふだんから良く考えていますが、そんな意味では、

僕はまだ極限状態ではないけれども、色々なことを考えて、

日々豊かに暮らしているので、本当に心から両親には感謝

しています。

両親は、よく僕のことを一生懸命育てることが生きがいだと

言って下さるのですが、僕を育てることが生きがいになって

しまったは、偶然の結果なので、選べたわけではないので、

それだけが申し訳ないのですが、お父さんやお母さんに

とっても、これだけ障害の重いこどもを育てるのは、

極限状態のようなものなので、お母さん、お父さんにしか

見えないものがあって、それを生きがいとおっしゃっている

と思うので、僕はうれしくて仕方ありません。

(後略)

kenkenの身体は、まさに「極限状態」です。

でも、kenkenは、自分は愛されているから、極限状態

ではない、と言います。そして、私たち両親は、

極限状態を生きるからこそ、見えるものがあり、だから

kenkenが生きがいだと思ってくれるのがうれしいと

言ってくれます。

まさに、それこそが、このブログを開設した意味であり、

私が生きる意味なのです。kenkenと生きる人生を

与えてもらった自分だから、感じること、経験したことを

伝えていきたいと思いました。

kenkenの気持ちに近づきたい、kenkenのメッセージ

を読みとりたい、と心を澄ませるうちに、今、色々な道が

開け始めているように感じています。

生まれてきてくれて、ありがとう。

我が家に来てくれて、ありがとう!

母は、幸せで胸がいっぱいです。

kenkenの想いが言葉になって・・・

kenkenと母の不調の話を書き、ご心配をおかけして

います。kenkenは、昨日くらいから、すっかり回復し、

SPO2も安定していて、熱を出す前より、ずっと元気に

なりました。母は、もうすっかり元気です(^^)

kenkenの呼吸状態がどうして悪いのか、この2か月

色々な方と考えて、色々な対処を試しています。

その話は、またゆっくりと書きますね。

今日は、別のお話です。

3月20日の「僕のうしろに道はできる」の映画会の前に、

先日、紹介しました「みんな言葉を持っていた」の柴田先生

にお会いした事をずっと書きたいと思っていました。

先生が触れる手から、kenkenのかすかな信号を感じとられて、

kenkenが言いたい字を読みとっていかれます。

生まれて初めて、言葉を繰り出すkenkenの姿に、母は

驚きが涙に代わっていました。

すると、kenkenは

「僕は元々涙もろいのですが、母の涙でもらい泣きしました」

とkenkenの目にも涙が流れ、本当に驚きでした!

内面にはたくさんの言葉があるのに、わかってもらえない

苦しさ、でも両親や回りに人たちに愛されて幸せな事、

極限を生きるという事、そしてだからこそ見えるもの。

次々と繰り出される言葉の衝撃に、しばらく夢を

見ているような気持ちでした。

30年間、障害の重い人たちへのコミュニケーションを

様々に試みてこられた柴田先生が、最終的に

力を入れる前の信号を手から感じられて、話し言葉

のスピードで次々に障害の重い方たちの言葉を

読みとっていかれました。

特に、この日は時間がなく、一人でも多くの方から

多くの言葉を引き出したいという先生の思いもあり、

早いスピードで進められたので、私も最初、どう消化

してよいか、わからないものもありましたし、回りでも

色々な意見がありました。

けれども、kenkenの顔がとてつもない輝きを放ち

出し、この話をすると、本当に良い顔で笑います。

「新しい世界が開けます」

kenken語ったとおり、まさにそんな様子でした。

それを見ていると、kenkenの言葉として、

100%信じる、という確信を持ち、

kenkenにそう言うと、とてもとてもうれしそうでした。

柴田先生には、感謝の気持ちでいっぱいです。

その中でも、私が最も心を打たれた部分を、記事を変えて

書きたいと思います。

2013/03/03

歌詞というコミュニケーション

先日から、kenkenのコミュニケーションについて

考えていますが、実は、kenkenは、「歌の歌詞を通して

メッセージを送る」というコミュニケーション手段を持っています。

みんなが一番びっくりしたのが・・・

少し前に、お友達数人とヘルパーさんでカラオケ大会

をする事になり、最初は乗り気でなかったkenken。

ヘルパーさんが色々理由を聞いてくれたら、どうも

「自信がない」という、ちょっとkenkenらしくない

後ろ向きの理由。

「それだったら、早くから曲決めて、お風呂で練習しよ!」

というヘルパーさんの提案に、「それなら、行く!」

とがぜん、やる気モードになりました。

そこからのハリキリぶりは、さすがkenkenという感じ。

とりあえず、いろんなアルバムをお風呂で聞いて

いったのですが、あるヘルパーさんに、「これ!」と

手を振って、笑顔で主張したのが、

Mr.Children の「擬態」という歌でした。

ヘルパーさんも、母も、「へぇ~」という感じでした。

サビは聞いたことあるけど・・という程度で、

後から、歌詞を読んでみて、ビックリしました。

最初からの部分も、とても深い内容で、しかも

一緒に聞いたヘルパーさんに、とてもあてはまる

内容で、驚いたのですが、

後半に出てくる部分を読んだ時は、腰を抜かし

そうになりました。

「富を得た者はそうでない者より

 満たされてるって思ってるの?!

 障害を持つ者はそうでない者より

 不自由だって誰が決めんの?!

 目じゃないとこ

 耳じゃないどこかを使って

 見聞きしなければ

 見落としてしまう

 何かに擬態したものばかり」

ヘルパーさんに「歌詞を読んでみて!」と連絡

したら、「驚きました!」と返事がきました。

kenkenに、「この歌詞を伝えたかったの?」と

聞くと、にっこり笑うのです。

とっても、難しい歌でしたが、それから、ヘルパーさん

といつも聞いて、練習して、当日は必死に熱唱する

ヘルパーさんとひとつになり・・・

忘れられない曲となりました。

それから、注意していると、お風呂で音楽を聞きながら

笑って手を振って、ヘルパーさんを見つめる時、

その曲の歌詞の内容が、そのヘルパーさんにぴったり

な事がわかってきました。

さて、どういうことなのでしょう・・・

kenkenは身体を動かすことも、ご飯を食べることも、

呼吸する事も、しゃべる事もできない重度の

障害があります。スイッチやソフトを使っての会話も

した事はありません。

kenkenの回りの方々は、「kenkenはわかっている!

それも普通の人より、ずっと深い場所で」

と信じて下さっています。

いつも、kenkenは何て幸せなんだろう、と思います。

そんな皆さんの気持ちがkenkenや母の

の支えになっています。

が、そんな重度障害のkenkenが、「私たちにも聞き取り

ずらい桜井くんの歌声の中の歌詞を拾って、自分の

メッセージとしてアピールしました・・」とは、

何か信じてもらえるだろうか、と

今まで公表しずらく、ブログにも書かないでいた

のですが・・

でも、それは本当なのです。

今でも、擬態を聞くと、「やっぱり、この歌詞の

ところで手を振って笑ってました!」、

と色々なヘルパーさんが報告してくれます。

これはもう、答えは一つ。

「kenkenを信じる」

それだけだなぁと思います。

白雪姫プロジェクトを知って、こんな話も書いて

みようと思いました。

kenkenのために、一人の時もイヤホンで

「擬態」を聞き続けて、練習してくれたヘルパーさん

は、もう一生忘れられない曲になったそうです。

そして、もうひとつわかったことは!

kenkenは、カラオケに行くのに、きちんと練習して

いかないと落ち着かない堅実派だという事でしたwink

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