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カテゴリー「伝える(講演、講義)」の5件の記事

2013/09/14

シンポジウム無事終わりました

先日、お知らせしましたシンポジウムは、無事、

終了しました(^^)

200人のホールが、ほぼ満席の中、不思議に落ち着き

笑顔で話しが出来たように思います。

午後一番の出番でしたが、それまで、kenkenは

お昼寝が深く、信じていながらも、少し、心配しましたが(^^ゞ

やっぱり、本番に強い、というか、本番に合わせてくる

kenken!大きな目で、会場を見渡し、とてもアピールを

していました(^^)/

ドクターや看護協会、相談支援、行政、の方々のお話も

とてもわかりやすく、重症心身の子どもたち、人たちへの

想いがあふれていたように思います。

医療と福祉の連携、高度医療が必要な赤ちゃんや

子どもたちが早くにお家に帰ってくる現在、地域での

受け皿が不足していること、何から何まで、課題は

多くあります。

けれども、こうやって、各関係諸機関の方々が、

ホールが満席になるほど、集まり、考えて下さって

いることに、私は感激しました。

12年前、kenkenが、意識不明だった時でも、

お友達のテープの声にまぶたの下で眼球が

動いたことを、今でも鮮明に思い出します。

どんな重い障害があっても、その内側にたくさんの

想いや言葉があって、大切な大切なひとりの人で

あること。そして、私たちにたくさんの事を教えて

くれる存在である事を理解した時、世の中は

変わっていくと思うのです。

話の締めくくりは健太郎のメッセージでした。

20歳の時、記念のDVDを作り、ヘルパーさん

や私と言葉を探し、kenkenの気持ちを言葉

にしました。

「たくさんの人たちと出会い、仲良くなる」

 みんなと自分がやりたいことをチャレンジする

 みんなで幸せになる

 ぼくは幸せです」

そして、何よりうれしかったのは、まだ小さい娘さんが

呼吸器をつけておられるというママさんが、

「kenkenの話を聞いて、将来が開けました」

と言いに来て下さったこと。

その言葉だけでも、その日、参加させて頂いた

ことに意味があったと思いました(*^_^*)

kenkenの回りには、支えて下さるたくさんの

方々がいて、少し見えなくなっていたのですが、

呼吸器や医療的ケアがある重い障害がある

人たちが、自分らしく生きるには、まだまだ

まだまだ世の中は整っていないことを改めて

学びました。

ここからがスタートだと思います。

そして、重い障害の人たちに心を寄せて

下さる方たちに、ただ感謝の気持ちでいっぱい

です。ありがとうございます。

2013/09/10

医療と福祉の連携強化のためのシンポジウム

あさってですが、9月12日(木)に、

「医療と福祉の連携強化のシンポジウム」があります。

大阪府障がい者自立支援協議会において、

重症心身障がい児・者地域ケアシステムが検討され、

今年2月に報告書がまとめられました。

平たく言うと、kenkenのような、人工呼吸器をつけたり

様々な配慮が必要な重症心身障がい児・者が、家で、

地域で、どのようにしたら、幸せに暮らせるだろう・・

という事を、関係者の方々が集まって、考えて

くれたのです。

それを受けて、医療と福祉、行政、当事者などが一同

に集まり、シンポジウムを開き、今後のことを考えよう

という事になったのです。

そのシンポジウムで、当事者として、私とkenkenが

パネリストをお引き受けすることになり、どのように

伝えたら、重い障害や医療的ケアのある人たちの

想いを伝えられるだろう、と現在、kenkenと案を

練っています。

kenkenが生まれてから、発病、発達の後退、

ミトコンドリア病リー脳症との診断。

友達に囲まれた小学校時代、胃の手術の後、重篤な

状態の陥り、脳波フラット、ABR反応、意識なし、の

状態になったこと。

そこからの奇跡の回復。

それだけでも、伝えることはたくさんあります。

kenkenはたくさんの方々の支えで、幸せに自分らしく

家で暮らしていますが、まだまだ制度や施設など、

足りない事は多く、私の健康だけが頼りの

毎日である事は間違いありません。

kenkenは恵まれていると思います。

が、在宅訪問医も訪問看護も、ヘルパーさんも、

日中過ごせる場も、レスパイトの場も、全体を見渡せば、

何もかも足りないのです。

障害者というマイノリティの中の重症心身障害者という

さらなる少数派、その中の医療的ケアが必要な少数の

中の、人工呼吸器が必要なさらなる少数派。

家族の健康、停電、油断、ちょっとしたきっかけが、すぐに

命までおびやかすような子どもたち、人たちのことを

あきらめず、わかりあえるまで、伝え続けたい、と

そんな話をしようと思います。

また、重症心身障がいの人たちの意思伝達のお話。

権利擁護の観点から、「重心の人はどうすればよいのか」と

最近、よく語られますが、私は、今は、

「それは可能である」と確信しています。

いつも、みんな気持ちを伝えてくれています。

わからないのは、キャッチする側の問題なのです。

kenkenも、今は、色々なことを自分で決めています。

ヘルパーさん達の、あきらめない問いかけのおかげで、

kenkenの意思表明は格段にはっきりするようになりました。

目の前の、自由に動かせない身体の内側に、深い思いと

豊かな言葉の世界があると信じるのか、ただ何もわからず、

横たわる人と見るのかで、世界はまったく変わります。

そんな話を、各関係者の方々にお話したいと思っています。

最後の締めくくりは、kenkenの言葉で終わります。

kenkenたちが、重い障害や難病をもって生まれてきた

意味を伝えたいと思うのです。

この10年間、様々な場所で、kenkenの生きてきた道に

ついて話をさせて頂いてきましたが、kenkenのおかげで

成長することができたのか、自分の見える景色は、

ずいぶん変わった気がします。

うまく伝わるでしょうか。かなりドキドキです(^_^;)

日程がぎりぎりで、申し訳ないのですが、

もし、興味がおありで、時間の都合がつく方がおられれば、

のぞいて頂けたらと思います(*^_^*)

「医療と福祉の連携強化のためのシンポジウム」

http://www.sasaeru.or.jp/sinnpojiumu201309iryoutofukusi.html

9月12日(木)

10時~    受付

10時半~   基調講演

13時~     シンポジウム

         (kenkenと私は13時から発表です)

15時半~   質疑など

16時      終了

場所      千里ライフサイエンスセンター 

         ライフホール

Img030

Img031

2013/06/12

死生学の講座に出席

昨年から、私は、家の近くの大学で、「死生学」の講座に

出ています。講師は、上智大学グリーフケア研究所

の講師もされている申英子先生。臨床スピリチュアルケア

研究会の代表代行もされていて、緩和ケアなど多くの

場所で必要とされるスピリチュアルケアワーカーの育成

にも当たられています。

先生の傾聴の姿勢、ユーモア、知識の深さ、直観の鋭さに

いつも大きな学びを頂いています。

「スピリチュアルケアワーカー」という言葉は、まだ一般的

ではないかもしれません。

kenkenが、3年前、奈良親子レスパイトハウスで

東大寺華厳寮に宿泊し、今まで味わったことのない

魂が満ち足りた気持ちになった時、「スピリチュアルケア」

が為されたのだと、思いました。

WHOでも、「小児の緩和ケアとは、身体、精神、スピリット

への積極的全人的なケアである」と謳われています。

回復が困難な病にある人、人生の最後を迎える人を

魂のレベルで支えるのが、スピリチュアルケアワーカー

なのです。

昨年、申先生の臨床スピリチュアルケア協会の研究会で、

kenkenと一緒にお話をさせて頂き、とても良い時間を過ごした

のですが、今回も、その授業にkenkenを招いて頂きました。

http://kenken-dream.cocolog-nifty.com/blog/2012/11/post-c2c9.html

kenkenのために、先生が用意して下さった本は、

「実践 スピリチュアルケア~病む人の心に寄り添うために」

でした。

この中の、ALSのために機能を失いながら、チャプレンと

深い思索を重ねて、亡くなったパークのお話。

初め、その重い内容に、母は少し躊躇したのですが、

ヘルパーさんとkenkenと読み進めるうちに、パークと

kenkenは同じ場所に立つ人だと感じました。

kenkenも、パークの思索に深く共鳴する様子で、

音読を聞きながら、表情や手を上げることで、kenken

の気持ちを伝えてきました。

パークが、最後まで支えとしたベトナムの僧侶である

ティック・ナット・ハンの言葉がちりばめられて、パーク

同様、kenkenも感銘を受けたようです。

例えば、「すべての境界は人為的であり、真実には

境界がない」

「波は大きかったり小さかったり、高かったり低かったり

しますが、どうでもよいのです。すべては水であり、

すべては海の一部です」

目の前の波のような人生の浮き沈みを、波として

捉えるのではなく、最初から水であったのだ、

という考えは、とても共感できるようでした。

そんなkenkenの考えを、母とヘルパーさんが代弁

しながら、授業で発表しました。kenkenの顔は生き生き

として、笑ったりへの字になったり、表情は的確に

変化しました。

また、先日、ブログにも載せました柴田先生によって

kenkenから発せられた「極限を生きる」の言葉も

全文、代読で聞いてもらいました。

http://kenken-dream.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-bcf4.html

みなさんは真剣に聞き、そして多くの事を感じて下さったようで、

後で、感想をシェアしてくれました。

口ぐちに言って下さるのが、kenkenから大きなエネルギー

を感じ、それが波状に広がり、大きな気づきをもらった事。

kenkenが、大変で不幸な人なのではなく、大きな

メッセージを今の困難な世の中にもたらしてくれる人

なんだ、と気づいたことは、とても大きい、と言って

頂きました。kenkenのような存在が、人を変え、

世の中を変えて行くのだとも・・

申先生は、「kenkenくんの言葉は福音です」とおっしゃって

下さいました。先生は牧師なのです。

福音とは、キリストの言葉を弟子たちが聞き、

「あぁ、そうなんだ、すばらしい。人々に伝えなければ」

と書かれた言葉なのだそうです。

私は、3年ほど前から、kenkenから多くの

メッセージが発せられていることを感じ、それを伝える

のが自分の役目のようにも感じ、このブログを立ち上げた

のです。

それが、先生に、そのように言って頂き、すべてが

繋がった気がしました。

kenkenの内なる言葉をもっと感じとり、また、kenken

だけでなく、重い障害や病気を持って生まれてきた

子どもたちからのメッセージを受け取れる自分に

なりたいと願います。

申先生、共に学んで下さった受講生の皆さま、深い時間を

本当にありがとうございました。

2012/11/20

臨床スピリチュアルケア協会で話しました

先日、お知らせしましたように、臨床スピリチュアルケア協会で

お話をさせて頂きました。

題名は「人工呼吸器の息子と歩む旅路」

今まで、体験したことがないほど、温かい優しさに包まれた

会でした。前に並んだ、母とkenkenとヘルパーさん。

皆さんが私たちに吸いつくように寄り添って下さっている

ように感じました。

kenkenが命の危機を迎えながらの、今までの道のり。

たくさんの方々に助けられ、支えながらの22年間。

さまざまな出会い。

2年前に「親子レスパイトハウス」で奈良東大寺に宿泊

してから、起こってきた様々な内なる変化。

その時の夢心地で魂が満たされたような気持ちが

「スピリチュアルケア」であったのではないか、という

気づき。

それからわかってきた、kenkenや難病の子どもたちが

生まれる意味、生きる意味。自ら、困難な道を選んで

生まれてきた子どもたちから、どれだけたくさんの力や

愛を受け取ることができるか・・・

それなのに、簡単な出生前検査で生まれる前にその

チャンスを消してしまうことの、不幸、哀しみ・・・

「ただ、そこにいてくれるだけで、たくさんのメッセージを

発し、大きなことを動かしていく」子どもたち。

けれども、「ただ、いてくれる」からだけでなく、本当に

重い障害を持ちながら、内に、大きな澄んだ世界を

持っているのではないか、という最近の気づき。

最後に、昨年、kenkenがメッセージを伝えるために

作成したDVDを見ていただき、会場内、皆さんが

涙とともに、そのメッセージを深く受け取って下さいました。

こういったお互いに深く理解しあい、お互いに満たされる

気持ちこそが、「スピルチュアルケア」ではないか、

と感じました。

認定資格もできるという「スピリチュアルケアワーカー」への

願いも伝えました。

本当に、良い会でした。

kenkenも、笑い、手を振り、全力を使い、皆さんに想いを

伝えようとしていました。

お忙しい中、聞きにきて下さった皆様に感謝します。

ありがとうございました。

2012/09/13

家族看護研修

母子センターの看護師さんの家族看護研修の一コマ、

今年もお話をさせていただきました。

もう、これで7年目。kenkenの15才から22才まで、kenkenの

青春を、ずっと看護師さん達に聞いてもらってきたような気が

します。

今年は、kenkenが「自分も行って、話がしたい」というので、

初めてkenkenとヘルパーさんが一緒に行きました。

kenkenが未熟児で生まれて、1歳半で発達が後退して、

ミトコンドリア病の診断がついたときのこと。

小学5年生で、手術後の重症肺炎で、意識不明に陥り、

命の危機の中、たくさんの方々の応援、祈りのおかげで

奇跡的な回復を遂げたこと。

病院や医療現場での何気ない一言が、時に大きな励まし

となり、時に大きな傷となることなどもお話します。

このあたりの話は、kenkenは少し苦手のようです。

そして、その後、ひとつひとつ、困難を乗り越えながら、

でも最高に楽しかった学校生活。

特に、学生だったときは、医療的ケアがあることで、学校で

ぶつかる壁、医療と教育の文化の違い、そういうあたりの話

に力が入りました。

卒業してからは、kenkenがkenkenらしく生きている今の

日常生活。そして、「奈良親子レスパイトハウス」で東大寺

華厳寮に宿泊し、たくさんの方々と出会い、魂が満たされる

ような経験をしたこと。

その後、kenkenが生まれた意味、生きる意味、たくさんの

事に気づき、感謝しながら、共に道を歩いていること。

伝えたいことがどんどん増えて、まとめるのが大変になって

きました。

奈良親子レスパイトハウスでの様子がニュースアンカーで

放映された時の録画DVDやkenkenが20才の記念に

たくさんの方々と作ったメッセージのビデオを、みなさん、

本当に熱心に見て下さいました。

今年は、kenkenも一緒に前に出て、皆さんの顔を見渡し、

ここぞ、というところでは、手を振り、笑顔で、伝えようと

がんばっていました。

毎年ながら、いつもkenkenの生きてきた道に共感し、

時には涙ぐみながら、熱心に聞いて下さる看護師さんたち

にこちらが勇気、元気をもらっています。

「目の前の病棟の子どもたちへの看護に生かします」と

言って下さる方も多く、本当にありがたく、幸せに思います。

kenkenが一緒にいてくれたおかげで、母はこの7年で

一番、リラックスして楽しく自然に話ができました。

いつもkenkenの心の傍らにいて下さるヘルパーさんと

帰り途、お茶をしながら、話が尽きないkenkenでした。

毎年、真摯にkenkenの話に耳を傾けて下さる母子センター

の皆様に感謝しています。

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